救済

現実世界の常識という概念が脳裏に張り付かぬよう

2019年2月19日の殴り書き

 ランドセルに次の日の時間割通り教科書を詰められなかった。子供の頃からだらしなく、誠実さが欠けているとよく説教をされた。きちんと、がしっかり出来ないのならば、それじゃあ、しっかりと破茶滅茶にすることは私にも可能なんじゃないかと思った。薬を飲んでポジティブな虚無感を持ち合わせながらラリりまくってやろうとしたら何故か社交的になり友達が増えたような気がした。正しいことを言うのは、きっと正しくないのに、みんなそれに気づいていない、きっと、みんなが送ってる忙しない日々は鬱々とした無意味さの気付きを曖昧にするために存在していて、みんなが忙しい中ひきこもり天井を見ているだけでは憂鬱という罰が与えられるきっとそんな世界を作り上げたのはわたしで、わたしがいなくなれば世界もなくなる。