救済

現実世界の常識という概念のアナキズム

戯言

「善」と「悪」を一概に決めるべきではないという思想をずっと昔から持っていて それは大人になった今でも思うことなんですよ。 「人を殺すのは悪」「遅刻は悪」、程度の大きさは違うけれども その価値観って全部子供の頃から大人たち(テレビ・マスコミ・先生・家族) からインプットされた歪みにすぎないと思うんですよ。 国や文化や育った環境が違うのであれば 正義も悪も違うじゃないですか。なので否定的に捉えてそれを断言しちゃうのはどうなのかなと私は思うのですよ。 むしろ、「悪」なんて当人の立場だけで考えると、悪いことをしてやろうと思ってやっているケースっていうのは少ないんじゃないのかなあと思うんですよ。 戦争だって人を殺しまくるけれども国のため、ある意味正義だと思ってるわけじゃないですか 自分の考えが正義と思って疑わないのが「悪」と言われているケースって多いと思うんですよね。という当たり前のような事だけどみんな思考停止してる気がするっていう 話をずらずらとしたかったのですが とても眠いので寝ます。

 

眠い繋がりとして最後に例を挙げます。 日本の精神科で普通に処方される睡眠薬が違法な国が多くあります。 そしてマリファナが合法な国もあります。日本ではアメリカ様が決めた憲法があるので法律で禁止されています、 善と悪は法律ではなく道徳です。 道徳として、みなさんはどうしてマリファナを否定できるのでしょうか。 マスコミや偉い人の話に影響されて「なるほどー!」って手を打ってる方が、楽ですもの。考えるのってめんどくさいですもんね。みんな忙しいですし。 忙しければ忙しい程人は物事を正確に捉えようとしなくなりがちです ということで、暇な大学生は是非この時期に偏りを無くしてみてはいかがでしょうか

おやすみなさい

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2.15

やり尽くしたことなんてひとつだってないのに今日もぐっすり眠った。中学生の時にクラスの合唱コンクールの練習で女子が泣いちゃってみんなで慰めるイベントが毎年開催されてたけど、あぁ目に見える形で泣くとこんなにもこの中の不幸を全て抱えてるみたく一番可哀想かのようにみられるんだ。毎晩のように泣いてた傷だらけの腕の子に対しては気持ち悪いなんて言葉を平気で吐き捨てる奴が泣いてる女子を囲って優しい言葉をかけてる。食べ物が床にベチャって落ちるシーンを繰り返し見せられてるような感覚。一人で絶望にくれる子とみんなの前で泣いちゃう子、どちらにより優しい言葉をかけるべきか。よくわからないけど、それでもきっと後者は5年後、"青春"って単語により過去を美化した大人になれる。青春というフレーズが使えるのはスクールカーストで真ん中以上の立ち位置に属してた人間だけだ。前者は"青春"なんて言葉では慰められないかもしれない。想像力の欠落なのか無関心すぎるのか、こういう浅はかな奴をいつか乱暴な言葉を使わず反論出来る大人になってやる。